シドニーの女子マラソン代表が決まった。マラソン・・・ そう、私はあの夜を忘れない。あの夜のことなら、いまでも鮮明に思い出せる。 その夜、熱海では花火大会が行われていた。仲間の多くは、それが当然であるかのように花火を見に出かけていた。私を含め、つるやホテルに残った数人には、そこに残らなければならない確かな理由があった。我々は、毎年繰り返されるお祭りよりも、アスリートたちの躍動するパッションに、とうの昔から心を奪われてしまっていた。 スタートから飛び出したドイツのピッピヒが、やがて集団に吸収される。しばらく動きはないだろう。日本選手3人も順調に集団についている。まずは安心。 「ただいま2位集団を映しています。先頭はロバです。」 "なにおぉ〜!"仲間の一人が思わず叫ぶ。無理もない、私だって耳を疑った。なんでロバなんだ、なぜロバがマラソンしてんだ! 全世界が注目する神聖なるオリンピックだぞ。日本国内の女子マラソンでこそ実況を聞いたことのある女性アナウンサーMは、オリンピックという大舞台でついに舞い上がってしまったのか? なるほど環境問題にうるさいアメリカのことだ、マラソンの先導にオートバイではなく、クリーン・エネルギーのロバを使っているのだろう。しかしそうだとしてもだっ、エゴロワや有森など世界のトップランナーを差し置いて、いくら先導がロバだからといってこともあろうに「先頭はロバ」はないだろう。言うにこと欠くにもほどがある。そんなギャグを言っている場合ではない。 ところが、なのだ。その数分後、すっかり興冷めさせられた我々の目に、驚くべき映像が飛び込んできた。なんとそこではほんとうにロバが、ランニングウェアにゼッケンまでつけて、しかも二本足で走っているではないか!!! |